キツいときこそ積み重ね feat.米澤穂信「追想五断章」
ご無沙汰です。
平日にブログを更新している人の凄さを実感した1週間でした。
まだまだ余裕なんてもてない社会人生活は続きます。
そんな余裕がない僕が唯一続けられている(ペースは落ちている)趣味の1つが読書。退勤の電車や就寝前にちょこっと読む習慣があり、続けることができている。
ちょっと前に三宅香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で話題になったように、社会人×読書の相性は悪いというのは事実であると思う。
活字を読む気力など帰宅後に湧いてきやしないし、動画媒体が充実している現代において本と向き合うためにはそれなりの工夫が必要だ。
そのひとつとして僕が挙げたいのは本の中でも「読みやすいジャンル」と「読みやすい形式」が掛け合わされたものを探すこと。
今回読んだ作品はまさにドンピシャその条件に当てはまっているのかも→
米澤穂信「追想五断章」
米澤穂信は氷菓シリーズで有名なミステリ小説作家で、今現在アニメ化している小市民シリーズ同様である(あのアニメちょっとひどすぎない?ってところは置いておく)
前述したように作品はミステリ小説が多く、小説のジャンルの中でもミステリは、内容がライトであれば一番読み進めやすいし、次が読みたいというモチベーションをもたらしてくれやすい。注意が必要なのはミステリの中でもガッチガチの設定だったり、推理が登場する作品も多いため、作家ごとにどんな文体なのかを知ることはリサーチとして必要。
追想五断章の大まかなあらすじはこう
叔父の経営する古本屋で居候し働く芳光(よしみつ)はお客として来たある女性から、彼女の死んだ父親が書いた5編の小説を探して欲しいと依頼を受ける。
その小説はリドルストーリーと言って、結末をあえて読者に委ねるような形式。
しかしながら父親が残した、あるはずもないその結末の部分だけ娘の彼女は持っていたのだ。芳光はその小説を探す中で、縁もない故人の壮大な人生のストーリーに心惹かれていく。
この小説の推しポイントは2つ
1つが小説を読みながら、小説を読めること
作中では依頼人の父親が生前書き起こした5編の短編小説を見つけていくが、もちろんその中身も読むことができる。もちろん書体も本文とはまったく違うが、その内容がとても面白い上に、ストーリー展開に関わる大きなヒントが隠されていたことも驚きだった。
2つに米澤穂信らしさがしっかり出ているところで、最後のどんでん返しの爽快さである。なんとなく、結末は入れ替えることができるんだろうなという発想までは辿りついていたが、まさか小説の内容から「アントワープの銃声」の真相までも導き出せるとは思いもしなかった。こんな感じで最後スカッとさせてくれる小説が好きなのかも。
最近は仕事の疲れで何もできていなかったら、唯一読了できて矜持を保ったような感覚がある。こんな感じでつらくても面倒くさくても何か積み上げいくことで、将来の自分が軽く後悔しなくて済むんだろうと思う。今若干ポジティブでいられているのも月曜火曜あたりの僕のおかげだ。なんていいやつなんだろう僕ってやつは。ありがとう、そして来週の自分へ、ブログを更新することができました。
村上春樹の魅力とちょっと「ノルウェイの森」
昨日の宣言通りしっかり投稿できていれば嬉しい。
ブログを改めて書こう!というモチベーションになるためには、まずその日が金曜である必要があって、さらに仕事も残業ナシ滞りのない帰宅を達成、しっかり自炊して自己肯定感をマックスまで高めた場合にのみよるのだろうとわかった。
なので、こんなしょうもない文章を書けている奇跡に感謝しながら、つらつらと続けてゆければよいかなと思う。
村上春樹「ノルウェイの森」
さて作品紹介である。
ノルウェイの森は村上春樹作品の中でも、彼の文章を世界に知らしめるきっかけとなった作品のひとつで、国内累計発行部数は1000万部越え、また海外にもファンが多い。
ノルウェイの森は村上春樹5作目の長編小説で、1974年に講談社から上下巻で刊行された。どんな作品か一言で表すと、「トンネルのような恋愛小説」かなと思う。
僕にとってこの作品こそが初めての村上春樹作品で、友人からのアドバイスだと「最初に読むべきではない」とのことだったが、書店で見た表紙のインパクトがすごくて購入してしまったのが懐かしい。
今でこそなぜ友人があんなアドバイスをくれたのか理解できる気もする、が僕はこの作品こそ、村上春樹のなんたるかが詰まっているような感覚が強くある。もし人に村上春樹作品を紹介するのであれば迷わず「ノルウェイの森」を薦める。それくらいこの作品の魅力に取り憑かれてしまっている。
何が魅力?
この作品の魅力に言及するならば、村上春樹とノルウェイの森で作風と作品別々の観点から語らねばならない。
まず村上春樹作品の魅力として1つ押し出していきたいのは、何と言っても文章の透明感である。
言っている意味がよくわからないと思うけれど、読んでみればわかる「透明感」がそこにはある。読んでいて全然苦にならないし、どれだけ頭のリソースが割かれていようと、スッと文章が入ってくる。小説を読んでいて固有名詞や情景描写があまりに多すぎる(1ページに詰まってしまう)と、そこで読むのを止めてしまう人が多い。僕もその1人であるし、その点で村上春樹の文章は必要最低限に情報量のバランスがよいから読み続けられているところはあるのだろう。
ただ有名なように、表現は冗長で独特、あるいは理解できないことも多く出てくるのでビジネス書みたいな簡潔・わかりやすさ重視の読書をしたい方には肌に合わないかもしれない。
変な言い回しが癖になるようになってきてからが、村上春樹を読む上で本番。短編・中編・長編作品、数は山ほどあるのできっと大丈夫なはずだ。
では「ノルウェイの森」作品自体の魅力は?と言うと、紛れもなく登場するヒロイン2人だろう。
主人公のワタナベは大学生活を送る中で直子と緑という2人の女性と関わりを持つようになるが、この2人が性格的・観念的に対照的に描かれる。これはノルウェイの森の表紙の配色にも関わってきている。
ここらへんのネタバレ含む部分は次の記事で述べていくことにしたい。
最後に作品内の好きなフレーズをひとつご紹介
文章という不完全な容器に盛ることができるのは、不完全な思いや記憶でしかないのだ。(ノルウェイの森上巻より)
ブログ再開(明日しっかり投稿するぞという自戒の念を込めて)
この度改めてブログを更新していこうと思う。
と言っても大学生だった1年前の暇な時期にぽつぽつと投稿していたアカウントをまっさらに、名前も変えやりはじめてみるだけ。
あの頃の自分とは違って、今はしっかり責任ある社会人の1人としてあくせくと働いているわけなのだが、無論その分日々思うところもあるし、何か吐き出したいという欲求も倒辺木のような1年前より強くなっている。
あの頃の文章にはなんだか覇気やこれぞという意思が感じられなかった。きっとそれはそれぐらい日々に余裕があったからなんだろう。何かもの凄いものを作る人はいつだってぎりぎりだったり、人には見えないような苦しさを抱えているものだ。
(僕自身そんな背負っているものはないので、あまり大それたことを言うのは控える)
このブログの趣旨をこの際はっきりさせてから継続していこうと思う。
①アウトップット訓練としてのブログ
日々のインプットや考え、思いなんかをアウトップットする機会がまずない。基本仕事のインプットとアウトップットの日々である。これじゃあいけない気がするし、第一仕事人間にはなりたくない。
なので、もちろん仕事の愚痴としてアウトップットすることもあるが、基本的にはそこで為し得ないことをつぶやいていければいいと思う。
②読書感想の記録、共有(小説から学術書まで幅広く)
社会人になっても量は減ったが読書は続けている。その内容をしっかり振り返って咀嚼できるようブログという形をとっていきたい。またその内容が少しでも面白く伝わればなおよいかなと思う。拙い文章ですが最初は我慢して読んでね。
とりあえず明日は必ず投稿をします。

